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ヒトもすなるぶろぐといふものを、私もしてみむとてするなり。 徒然なるままに文章を書いてみるつもりです。
短編連載 四季想話 番外編
四季にない季節。
紡がれる想話。

四季想話の番外編となります。
それでは以下からどうぞ。
 春と夏の狭間で、どちらでもない季節。
 どこにもない、けれども確かに存在する。
 そんな五番目の季節の、とある昼下がりのお話。




 「フェイトちゃん、なに作ってるの?」
 漂ってきた香りに魅かれて、なのはが自室から顔を出した。
 「ん?カレーをね」
 キッチンに立つフェイトが答える。
 「わぁ…カレーか」
 頬を緩めたなのはに、フェイトが軽く笑う。
 「なのは、こないだ食べたいって言ってたから」
 「覚えていてくれたんだ」
 「当然です」
 嬉しさを隠しきれずに言うなのはに、フェイトは諭すような口調で返す。
 「えへへ…」
 頬をかくなのはを目を細めて見つめて、フェイトは再び鍋に視線を落した。
 なのはが対面式のダイニングに腰かけて、頬杖をつく。
 それ以上の言葉をかけあうでもなく、視線を絡めるでもなく。
 ただ二人、そこに存在していた。

 しばらく前から炒めていた玉ねぎが、徐々に色を深めていく。
 シャー
 シャッシャッシャ…
 フェイトの操る菜箸に合わせて、跳ねるように踊る。
 「もう、少しかな」
 小さく頷くフェイト。
 なのはの笑みが深まる。
 「…ん?」
 と、そこでフェイトは急に鍋から離れると、戸棚を開けた。
 「…ない」
 少し中身を出して、一言。
 「どうしたの?」
 頬杖から顔を上げて、なのはが訊ねた。
 「ないんだ」
 「何がないの?」
 「ガラムマサラ」
 「あぁ…」
 ルーを用いて作るなら必ずしも要るわけではないそれ。
 「でも、なくても作れるよね?」
 「作れるけど…でも…」
 フェイトが教わった、なのはのカレー。
 市販のルーに、種々の香辛料を加えるオリジナルカレー。
 フェイトにとってカレーとは、正になのはのカレーに他ならない。
 「…メニュー、変える?フェイトちゃん」
 フェイトがあのカレーに拘っていることは、なのはもよくわかっている。
 調理の進み具合からすると、まだどうとでも変更がきく状態だった。
 でも。
 「買ってくるよ」
 「今から?」
 「うん」
 今フェイトが作ろうとしていたのはカレーであって。
 なのはの、カレーであって。
 それを変更するのは、何となく気が進まない。
 「でも、いつものお店、今はお休みだよ」
 なのはの告げた事実に、エプロンを解きかけていたフェイトの手が止まる。
 「そう、だっけ?」
 「改装中って、出てたじゃない」
 「…そういえば」
 先日なのはと通りかかった時に見かけた張り紙を、フェイトはやっと思い出した。
 「ね、だから…」
 「あっちの方の店、行ってくる」
 「あっちって…フェイトちゃん…」
 フェイトが告げたのは、少し大きなマーケット。
 そこに行けば、確実にあるだろう。
 だけど。
 「遠いよ」
 電車で、一駅。
 香辛料一つ買うために行く距離ではない。
 「定期券、あるから」
 「そういうんじゃなくてね」
 言って、なのははため息をついた。
 フェイトの頑固さは誰よりも知っている。
 「どうせ近いうちには買うんだから」
 「…分かったよ」
 それ以上の説得を諦めて、なのはは手を出した。
 「ごめんね、なのは。ちょっとお願い」
 その手に外したエプロンをのせて、フェイトは申し訳なさそうに言った。
 少し我が侭が混じっていることは、彼女自身よくわかっていた。
 「お任せあれ」
 おどけたように言うなのはに、フェイトは少し、笑みを返した。


 「それじゃあなのは。ちょっと行ってくるね」
 「うん。行ってらっしゃい、フェイトちゃん」
 玄関先でフェイトを見送る。
 いつもの癖で頬に唇をつけたら、「すぐ帰ってくるから」とフェイトが真っ赤になった。
 何年たっても初々しい彼女の反応に満足して、なのははキッチンに戻った。


 シャー
 軽い音が響く。
 ジャッジャッジャ
 菜箸をしゃもじに変えて、なのはのリズムで玉ねぎが躍る。
 シャッシャッシャ
 まだ彼女の気配の残る空間で、なのはは無意識に耳を澄ませていた。
 サー
 「…あれ?」
 その聴覚が捉えたのは、異なる音。
 すぐ戻るし…と弱火にしたままそこを離れる。
 リビングのカーテンを開け、外を覗いたなのはの眼に映ったもの。
 ザー
 「雨!?」
 急いで半ばまで乾いていた洗濯物を取り入れる。
 「よ…っと」
 室内用の物干しに掛け直して。
 降り方を確認しようと、改めて外を眺めた。
 斜め降りなら窓も閉めなくてはならない。
 「どっちかな、と…」
 雨の軌跡を見極めようと細めたなのはの目に、駆けていく人影が映る。
 「傘、持っていかなかったんだ…」
 ぼんやりとそれを見送って、ふと思い出す。
 彼女は?
 フェイトのことだから、こんな重そうな空の日に傘を持たずに出ていくとは思えない。
 でも…。
 先ほど見送った時のフェイトに、傘のイメージがない。
 見落すはずはない、となのはは思う。
 二人で出掛けて、なのはが選んだ傘なのだ。
 少し大きめのあの傘を、見落すはずがない。
 それでも一応、確認を。
 玄関脇の傘立てには、果たして。
 「…やっぱり、ある」
 フェイトの傘が、立っていた。
 「どうしよう…」
 外に目をやる。
 雨は止む気配がない。
 「どうしよう…」
 時計に目をやる。
 もう、買い物は終わっただろう。
 今頃帰りの電車の中、というところか。
 「どうしよう…って言ってる暇もないか」
 駅から出て、雨の中フェイトは走るだろう。
 迎えを呼ぶ、という選択肢は彼女にはない。
 甘えてくれても嬉しいのに、となのはは思うのだが。
 フェイトは濡れながら走ってくるだろう。
 駅からここまで。
 決して、遠いわけではない。
 すごく近いわけでもない。
 この距離を走って、濡れ鼠になって、フェイトは帰ってくるだろう。
 息を切らせた彼女を、金糸から水を滴らせつつ荒い息をつく彼女を思い浮かべて。
 “…ちょっと、いいかも”
 一瞬浮かんだ思考を、なのはは頭を振って追い出す。
 描かれた絵は至極扇情的。
 しかし、実現させるには彼女が風邪をひくというあまりによくない危険性が伴う。
 “帰ったら、服を着たままフェイトちゃんをシャワーに連れ込もう”
 そんななのはにとっては重大な、他の者にとってはなんだか分からない一大決心をしてなのはは行動に移った。
 右手に傘を掴むと外に出て、素早くドアに鍵をかける。
 自身も濡れないように右手の傘を開いて、いつもより少し早足でなのはは駅へと向かって行った。

 

 「降ってきちゃったな…」
 香辛料と、ついでに買った種々の食料品の入った袋を持ちなおしてフェイトは呟いた。
 車窓を濡らし始めたそれは、見る見るうちにその勢いを増していく。
 “なのは、洗濯物取り込んでくれたかな”
 ぼんやりとそんなことを考える。
 急に降り出した雨に気付いて、慌てて取り込む彼女を思い浮かべて。
 フェイトはクスリと笑みを浮かべた。
 先日二人でいた時にもこんな風に、降り出したことがあった。
 慌てて二人で取りこんで。
 最後のタオルをなのはに渡そうとして、一歩踏み出して。
 最後のタオルをフェイトから受け取ろうとして、一歩踏み出して。
 二人足を絡めてバランスを崩して、タオルの小山にダイブした。
 湿気たタオルはじめっとした触感を伝えてきて。
 一人だったらなんだか惨めになったかもしれないそれでも、二人なら。
 自然と笑いが込み上げて、しばらく床にうずくまるようにして笑い合っていた。
 そんな風景を思い出していたフェイトの耳に、聞きなれた駅名が届く。
 たかが一駅。
 ぼぅっとする間もなかったらしい。
 
 端だけが色を深めたホームを通り階段を下りる。
 改札を出れば、もうそこは駅の外。
 定期券を取り出して、カバンに入れっぱなしになっていた折り畳み傘を取り出しやすい位置に引き上げる。
 ガチャン
 改札を抜けて。
 少しだけせり出した軒下で。
 傘に手を伸ばしつつ周囲を眺めていたフェイトの目に、見なれた髪が映った。
 サイドで纏めている長く伸びた栗色。
 少し離れた軒下で、もう一つの出口を見つめては、腕時計に視線を落とす。
 “そう言えば、いつもはあっちの出口を使っていたっけ”
 フェイトはいつもとは違う車両に乗ったため、いつもとは異なる出口に姿を見せていた。
 改札を見ては、視線を落とし。
 視線を落としては上げる。
 その動作に合わせて、栗色の髪が揺れる。
 緋色の傘の下で。
 「なの…」
 声をかけようとして、フェイトは気付いた。
 彼女が持つのは緋色の傘のみ。
 彼女が、フェイトにと選んだ少し大きな一本のみ。
 それを見て。
 フェイトは少し考えて。
 また、改札をくぐり抜けた。

 「なのは」
 何度目かのカシャンという音と共に待ちわびた声を聞いて。
 なのはの表情が輝いた。
 「あった?フェイトちゃん」
 「うん。この通り」
 フェイトが手にしていた袋を軽く持ち上げる。
 「雨、だね」
 唐突になのはが言った。
 「雨だね」
 止む気配のないそれを見ながらフェイトが繰り返す。
 「迎えに来てくれたの?なのは」
 分かりきったこと。
 それを、聞いてみたかった。
 「雨、降ってきたから」
 ほんの少し、視線を逸らしつつなのはが答える。
 「そうだね。降ってきちゃったね」
 笑みを浮かべたまま、フェイトが答える。
 「迎えに来たの」
 「なのはの、傘は?」
 「そ、それは…」
 なのはが視線を外す。
 フェイトの左斜め下。
 クスリと、笑みが漏れた。
 分かっている。
 分かっていた。
 ただ、少しだけ。
 なのはの慌てた姿が見たかった。
 それだけのこと。
 「ごめん、冗談だよ。
  傘がなくて困っていたんだ。ありがとう、なのは」
 「うん…」
 頷きつつも、なのはは複雑な表情を浮かべた。
 「どうしたの?なのは」
 「なんだか…フェイトちゃんと相合傘をしにきたみたい」
 「違うの?」
 声に出さずに、肩を震わせて笑ったフェイト。
 傘越しに宙を見上げたなのは。
 「少しは」
 「そっか」
 少しは、違うのか。
 少しは、当たっているのか。
 どちらともとれる返事だが。
 フェイトにとっては、どちらでもよかった。
 
 「帰ろうか」

 
 いつものカバンの中。
 フェイトの折り畳み傘は、未だ、その役割を果たしたことはない。




























 「洗濯物、取りこんでくれたよね?」
 「もちろん」
 胸を張って答えるなのはに、フェイトが笑みを浮かべて。
 なのはが、カギを開けた。
 「ただいま」
 「おかえり」
 先に入ったなのはが振り向いて、フェイトに答えた。
 「傘、干しておくね」
 「うん、お願い」
 フェイトから傘を受け取って、なのはが水気を取る。
 先に上がったフェイトが少し怪訝な顔をして。
 台所をのぞいて。
 「…あ」
 その様子を見ていたなのはも、気付いた。
 「ねぇ、なのは…?」
 優しげな。
 妙に優しげな声でフェイトが呼ぶ。
 「ごめんなさい」
 真っ黒になったであろう玉ねぎを思い浮かべて。
 なのははぺこりと頭を下げた。





 後書き
 確かに存在する「梅雨」という時期。
 でもそれは、曖昧な春と夏の間のどこか。
 強いて言えば「夏」に分類されるであろうそれは、あるけれども、見当たらない季節かもしれません。
 さて、劇中の二人ですが。
 読んでいただければ分かるように、同居(同棲?)中です。
 StS以降?
 StS以前?
 それともそれ以外?
 そのあたりは読者様方の読み方次第、考え方如何なので私としては、あえて「ここ」とは決めずにおこうと思います。
 あるかもしれない。
 けれども見当たらない時期の二人。
 
 そんな梅雨時の風景でした。


 これをもちまして、私の紡ぐ四季想話は幕とさせていただきます。
 お付き合い、どうもありがとうございました。
 …これから、どうしよう…。
コメント
この記事へのコメント
四季
 四季完結、おめでとうございます。最後はほのラブで…お互いを想い合う気持ちが良く出ていて、というよりは二人の行動は自然体なんですよね。
 すみません、適切な言葉が浮かんでこないので非常にもどかしいのですが…何はともあれお疲れ様でした。
 次回作も楽しみにしておりますので、マイペースで頑張って下さいね。
2008/01/10 (木) 00:01:39 | URL | なのはな #-[ 編集]
まずは完結、おめでとうございます(^^)
ふわふわな雰囲気がとても素敵でしたw

申し訳なさそうにこげちゃったたまねぎを
片付けるなのはさんの隣で
「また今度一緒に作ろうね」と慰めている
フェイトさん、という図をふと思い浮かべてしまいました

同棲って本当にいいですよねw
素晴らしいSS本当にありがとうございましたw
次回作もとても楽しみにしております(><)
2008/01/10 (木) 20:46:17 | URL | 汐薙 #-[ 編集]
コメントありがとうございます
コメントありがとうございます。

>なのはなさま
 自然体…ですか。
 私の目標の一つが日常を描くことでもあるので、そう思っていただけるとは非常に嬉しいです。
 労いの言葉、沁み入ります。
 私のペースでどこまでいけるか…頑張ってみますね。
 ありがとうございました。

>汐薙さま
 完結できました―。
 これもひとえに、読んでくださった方々のおかげです。
 
 「ごめんなさい…今片付けるから」
 準備も整って、これからだったのに。
 そう思って、なのはの表情は暗い。
 「うぅん、私こそ見きりで始めちゃって」
 「でも…」
 慰めるフェイトの声にも、反応は鈍い。
 そんな顔、させたくはなかった。
 だから。
 「じゃ、さ。なのは」
 何かを吹っ切るように、フェイトは口調を変えた。
 「一緒に、作ろうよ」
 「え?」
 「二人で作れば、きっと一人よりもおいしいものになると思うんだけど」
 どうかな?と微笑んだフェイトに。
 なのはは一瞬言葉を無くして。
 それから、大きく。
 「うん!」
 と、頷いた。

 こんな感じでしょうか(即興なので…汗
 とりあえず、一つ屋根の下はすごくいいと思うんですよw
 同棲。
 いやむしろ同衾w

 次回更新は―…
 方向性が…大丈夫かな…。
2008/01/13 (日) 01:19:07 | URL | フェルゼ #-[ 編集]
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